鯨骨生物群集

秋の夜長に晩酌を

 知人に秋刀魚を貰った。丁度先日購入した、少し高級な日本酒があったな、と晩酌を考えてうきうきと帰宅した。時刻は二十一時。外出が長引いたので、夕飯はいらないと伝えていた。秋刀魚は二尾しかなかったので、本丸の皆で食べるには足りない。こっそり頂くことにしよう。七輪を出してきて、離れに持って行った。上等な肴と酒で支度を始める。秋刀魚を焼き、大根をおろして、酢橘を切る。香ばしい脂の焼ける匂いがする。日本酒は徳利に注いで冷やした。

 じゅうじゅう鳴る火鉢を眺めて、食べ頃を待っていると、へし切長谷部から通信が入った。
 まだ今日の任務が残っていたかしらと少し焦ったが、報告は遠征部隊の帰還を知らせるものだった。彼は遠征成果を読み上げ終えると、ふっと表情を柔らかくした。
 こんな時間に魚を焼いていれば、これから晩酌をしようとしているのは明らかであり、少し恥ずかしくなる。いじわるで独り占めしようと隠していた訳でも無し。いい日本酒と秋刀魚があるのだけど、一緒にどうかな、と誘ってみると、彼は「是非」と快諾した。九州に長く在った刀だから日本酒も好きなのかもしれない。

「これは仕事じゃないからね、私のための週末のご褒美だから。」
 なるべく命じている風にならないようにして、自分の中の罪悪感を抑えてみたけれど、彼はあまり気にしていないようだった。

「主はよく、一人で晩酌をなさるのですか」
「それなりに・・・・かな。美味しい食べ物は美味しいお酒と一緒に楽しみたいし。今日はちょうど良い秋刀魚と日本酒があったし。」
 我ながら言い訳のような返答だ。別にもう大人だし、明日はお休みだし、悪い事をしているわけではないのだ。私は誰に責められたわけでもないのに、自己擁護の根拠と一緒に並べた秋刀魚の様子を見ていた。
 元々一人で食べるつもりだったので、秋刀魚は一尾しか焼いていない。何かつまめるものはないかと冷蔵庫を物色していると、ふいに後ろから手が伸びてきて驚いた。

「手伝いますよ」
 私の頭の少し上から声が降ってきた。ずいぶん近くてびっくりした。
 よろしく、と糠漬け渡すと、長谷部は二人分の食器に取り分けてくれた。その横で私は食べ頃に焼けた秋刀魚を皿に取った。

 テーブルを窓際に移し、部屋の照明を少し暗くしてカーテンを開けると、丁度良く月の光が差した。秋刀魚と酒と月、素晴らしい週末だ。満足げな私の横で彼は食卓の準備をしてくれていた。
 二人で席に着いてお互いのお猪口に酒を注ぐ。じゃあ今週もお疲れ様、と言って乾杯をした。辛口の日本酒と秋刀魚はよく合い、よく酒が進んだ。私は上機嫌だった。毎度ながら、美味しい物を食べるこの瞬間こそ生きていると感じる!

「秋刀魚、美味しいね。」
「ええ、日本酒も美味いです。」
「へし切は何となく秋刀魚には焼酎を合わせそうだと思っていたから、美味しいなら良かった。」
「俺は人の身を持ってから主ほどの年月はないですからね、主が思うほど酒や食の事はわかっていませんよ。」
 何百年も生きている付喪神様だけどそういうものなのか。まあ酒を備えられるような土地神なんかとは違うからかな。

「私もお酒が飲めるようになってからの年数はへし切とそんなに変わらないから、同じようなものかもしれないね。」
 彼は、そうかもしれません、と言った後、内緒話をするみたいに続けた。
「それから、俺のことは、できれば長谷部と呼んでくださいね」
「呼び方については、他の刀のことも銘で呼んでいるからなあ。」

 逸話から生まれた彼らの銘は大切にしたい。切れ味の鋭さを表すへし切の名は大事にしてあげたい。それが彼の元の主を思い出させるものであったとしても。そして彼が元の主を思い出す度に、私も傷つくとしても。
「では、他の連中が居ない時ならば、宜しいですね。」

 彼は今まで柔らかい表情をしていたが、例の刀のような目でこちらを見てきたので、少し怯んでしまい、二人の時だけだよ、と条件を付けて承諾してしまった。なんだか贔屓しているみたいにならないかな。

 主はお優しいですね、と言われた。それが二人の時は長谷部と呼ぶことについてなのか、彼の大切な銘を呼ぶことについてなのかわからなかった。
長谷部は機嫌が良さそうだった。そういえば前に二人で入った喫茶店で、一緒にいられるのが嬉しいようなことを言っていたな、と思い出した。

「長谷部は優しいし、私のことを大事にしてくれるから、ちょっと勘違いしそうになる。」
「存外、主が考えている通りかもしれませんよ。」
どう言う意味か考えようとしたが、長谷部の左手が、気づいたらお猪口を持つ私の手に添えられたことに驚いてできなかった。長谷部は右手で徳利を傾けて酒を注いでくれた。

 畳み掛けられている、という気がした。もしかすると、長谷部は本当に私のことが好きなのかも、なんて勘違いしそうになる。
 長谷部の顔を盗み見ると、彼はじっと此方を見つめていて目が合ってしまった。
顔が熱くなって、嫌に喉が渇く。これは酔っているせいではないと思う。注いでもらった酒を煽ってみるが、逆に喉が渇いてしまった。お酒と長谷部のせいで頭がうまく働かないけれど、今結構すごい事を言われた気がする。・・・・まあ長谷部のことだ、大事にされたくて繋ぎ止めているだけだよ、多分。と自分に言い聞かせてみたが、ぼんやりとした疑念と期待が残ってしまった。

「ごめんね、酔っぱらってきたから今日はお開きにします!」
 そう突然宣言した私は突然立ち上がり、片付けを始めた。手伝いますよ、とまたしても背後から長谷部の声がする。距離が近くて困惑する。本当に勘違いする前に、長谷部にはお礼を言って先に帰ってもらった。

 食器を洗いながら今日のことを思い返してみたが、やはり長谷部の考えている事はよくわからなかった。何も考えたくなくて、寝酒に発泡酒を飲んで寝た。翌朝、寝酒が追い打ちになったようで、布団から起き上がると頭痛がした。せっかくいい酒と肴だったのに何故最後に安酒を飲んでしまったのかと後悔する。シャワーを浴びながら、昨日の長谷部の態度と言葉を思い返して、なんだか叫びだしたいような気持ちになった。

 午後に顔を合わせたときには、長谷部は普段と変わらない様子でいた。昨夜は月夜の夢だったのかもしれないと、それ以上深く考えるのはやめた。
 それ以来、長谷部は時々「酒飲みの連中から良い酒を譲り受けまして」とか、「良い肴があるので」とか理由をつけて、私が一人酒をしていると顔を出すようになった。私の休み前の息抜きに付き合ってくれるのは正直嬉しかった。やはり美味しいものは誰かと一緒に楽しみたいし。

 その日は、報告期限の書類提出を失念しており、政府からこってり絞られて参っていた。こういう時、お酒に逃げてしまうのが私の悪癖だと思う。食事もとらずに部屋で一人酒をしていたら、部屋の外から長谷部に声をかけられた。
「こんな時間ですのに、まだ灯がついておりましたので・・・・。」
 私は襖を開けようと立ち上がろうとして、ひどく眩暈がすることに気づいた。明らかに、飲み過ぎている。
「大丈夫、なんか飲み過ぎたかも・・・・。」
 入室の許可をすると長谷部は立ち上がれずによろよろしている私の肩を支えた。
「大丈夫ではないでしょう!取り急ぎ水を・・・・。」
「あ、ごめん駄目かも、気持ち悪い、」
「⁉少し我慢してください‼」

 慌てて厠に担ぎ込まれた。なんとか間に合ったものの気分は最悪だ、長谷部に背中を擦られながら胃の中の物を全てひっくり返した。

「どうしてそんなになるまで飲んだのですか。」
「ぅ・・・・。ごめんなさい・・・・。」
「もう俺がいないところでこんなことしないでください、心配です。」
「なんで、なんで長谷部そんなに優しいの、やだ、好きになっちゃうよぉ。」
「なってください、なっていいんですよ。好きにほしくて世話を焼いているんですから。いい加減に気づいてくださいよ。」
「ぅぅ・・・・これ以上優しくしないでぇ・・・・。好きになるからだめ・・・・。」
「完全に酔っていらっしゃるな。明日にはご記憶に無さそうだ・・・・。」

 朝起きると寝苦しいわりにやたらと布団が温かくて、浮腫んで重い瞼を開けると隣に国宝のご尊顔があった。何事?なぜ私は長谷部に腕枕されているんだろう。飲み過ぎて介抱されたところまでは覚えているのに・・・・駄目だ何も思い出せない。

「は、長谷部・・・・?」
 酒焼けして掠れた声で名前を呼ぶと、彼はゆっくりと目を開けた。透き通る紫がゆっくりと現れるさまはとても綺麗だった。
「・・・・おはようございます。お体は大丈夫ですか?」
 あ、これは男女の一線を越えてしまった時、所謂朝チュンの時に聞く台詞だ。私の動揺を察してか、長谷部は呆れたような眩しいような目で優しく笑っていた。
「寝たまま吐かれて窒息死でもされたら困りますからね。お側で控えておりました。何もしておりませんよ。」
 様々なハラスメントで審神者生命が終わったかと肝を冷やしていた私はひとまず安心した。それにしたってお側すぎやしないか、何もしていなかったにしても不味いのでは?
「ねえ、主、昨日のこと覚えていらっしゃいますか?どうして俺があなたに優しくするのか、教えて差し上げたでしょう。頑張って思い出してください。」
 二日酔いで上手く働かない頭を必死に動かしてみたが頭痛がするばかりだ。半分夢のようなぼんやりした記憶を辿れば、どうにも自分に都合の良い妄想のようで口にするのが憚られる。うぅ、とか、あぁ、とかよくわからないうめき声をあげている私を見てにこにこしている隣の男。側仕えの距離感ではないことは確か。
「俺は好きでもない女の介抱をするほど優しくはありませんよ、ねぇ、そろそろ俺に堕ちてください、愛しいあるじ。」
 こんなの堕ちるなというほうが無理だ。

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