鯨骨生物群集

『惚れた方が負け』サンプル

事実は小説よりハピエンなり

「はあ・・・・尊い・・・・。今回も最高すぎた・・・・。」

私には趣味がある。へしさに夢小説を読むことだ。

私はへし切長谷部という刀が好きだった。あの勝気で精悍な顔つき、逞しい体、過去を清算してもなお危ういほどに捨てられたくないという強い思い。忠義を尽くそうとする姿、その全ての要素が絶妙なバランスで同時に存在している。刀の美しさを体現した姿と、来歴からくる性格がひとつの肉体の中で危ういながらも均整を保っていること。もう好きすぎてどうにかなりそうである。あんなん狂わない女おらんくない?

しかし刀剣男士たちを束ねる審神者という立場で、一振りを贔屓するわけにもいかない。最近は時の政府もコンプライアンスに敏感だし。長谷部に対してこんなにも邪な感情を抱いていることは、本刀には勿論、他の刀たちにも絶対に知られるわけにはいかない。

そして私は、へし切長谷部と審神者のカップルを愛でる文化があることを知ってしまった。あまりの衝撃で体に電流が走った。自分の長谷部とどうにかなるのが難しいなら、他所の審神者と他所の長谷部を愛でれば良いのだ。パンが無いなら他所のパンを食べれば良いじゃない。

へし切長谷部という刀は主従関係を重んじる刀である。それが主人たる審神者に対してあんな感情やこんな感情を持ったり持たなかったり、うまくいったりうまくいかなかったりする、それがへしさに夢小説。

ロミオとジュリエットよろしく、障害は多いほうが燃え上がるものだ。主人×従者、人外×人間、無機物×有機物、長命種×短命種、エトセトラエトセトラ。へしさの間には障害物競走と見紛うほどの困難がある。それを乗り越えて結ばれるふたり。へしさにには推したいカップリングの全てが含まれていると言っても過言ではない。ま

本丸運営の合間に、コソコソとSNSでへしさにを漁る日々の中で出会ったのが『茶坊主切っ太郎』さんの作品だった。茶坊主さんの作品を初めて読んだ時、私の体には人生二度目の電流が走った。読後に放心状態になり何も手につかず、目を閉じて天を仰いだ。これが「神字書き」というやつか。天晴れ。

茶坊主さんが書かれるへしさに夢小説は、全てド甘イチャラブハッピーエンドだった。美しい文体や展開の運び、そしてかわいらしい審神者ちゃんがとても魅力的だ。様々な障害を乗り越えて、2人は幸せなキスをして終了ーーー。茶坊主さんはそういう展開を好まれるようだった。ドンピシャに刺さった。

この至高の夢小説を書いてくださった作者様に、とにかく感謝の気持ちを伝えたい。世の中には感想を伝えられると不快になる方もいるそうだが、この興奮を放出できないなら、私は本丸の庭に穴でも掘って「へしさに最高ーーーーッ!」と叫んでしまうかもしれない。そんなことをしては審神者としての立場が危ぶまれる。
「はじめまして。突然申し訳ありません。私の審神者生命の危機なので、感想を遅らせてください。」
そんなどうしようもなく愚かな書き出しで、長文感想を送った。

茶坊主さんは投稿サイトの中にSNSのリンクを載せていらっしゃった。しばらくの間はこっそりと拝見していたが、ある夜とうとう我慢しきれずフォローボタンを押してしまった。茶坊主さんの書く素晴らしい物語がどんな生活から生まれるのか、その一端を垣間見ることができたら・・・・。ただそれだけのファン心だった。

翌朝。寝起きで端末の通知を見た私は衝撃を受けた。なんと茶坊主さんからフォローが返ってきたのだ。それどころかご挨拶のメッセージまで。夢か?

これが半年前の話。神作家の一読者だった私は、今では神と日常的な発信にまで反応し合う関係になっていた。異世界転生令嬢のような話だ。

そんなある日、茶坊主さんから「用事で近くまで行くものですから」とお茶のお誘いがあった。茶坊主さんはオンラインでの活動しかされておらず、オフイベで直接ご感想を述べることのできない神作家様だ。この好機を逃すわけにはいかない。ぜひとも茶坊主さんの作品への愛を語らせていただきたい、と二つ返事で承諾した。

待ち合わせ場所に着き、私は「今日は紫色のワンピースです!長谷部概念コーデの女が私です!」とご連絡を入れた。茶坊主さんからはすぐに「自分も長谷部コーデで立ってます!」との返信が来た。あたりを見回すと、そこには・・・・。

「え!?は、長谷部!?」

そこに立っていたのはへし切長谷部だった。たしかに上から下まで紛うことなき長谷部コーディネートではある。嘘は言っていないが、それはただのへし切長谷部だ。しかも神作家が付喪神だった。そんなことある?

「主!お待ちしておりました!」
主。今主と言ったか?何かの間違いであってくれ、という願いも虚しく、ぱっと笑顔になった彼は追い討ちのように私のハンドルネームを呼びかける。
もうお分かりだろう、待ち合わせ場所にいたへし切長谷部は、紛うことなく我が本丸の矜持であった。
近侍の長谷部の口から自分のハンドルネームが出てきた現実を受け止めきれず、眩暈がする。まさか茶坊主切っ太郎さんが自分の近侍だったなんて・・・・。

こんなところで立ち話もなんですから、と近場の茶店へ連れ込まれた。万屋街にもスターバックスってあるんだ・・・・。現実を受け入れられずくだらないことを考えてしまった。いや、どうしてあるんだスターバックス。

「消えてなくなりたい・・・・。」
「何をおっしゃいます。俺は主と外出できてうれしいですよ。おんらいんではあんなに情熱的な愛を語ってくださったのに、つれないですねぇ。」
「違う、長谷部にじゃない、茶坊主さんとその作品に対してだよ・・・・。」
「ですから茶坊主切っ太郎は俺ですよ。」
「そんな殺生な・・・・。」
「まあまあ、とりあえずぱふぇでも頼みますか?季節限定の商品があるそうですよ。」

露骨に機嫌を取ってくる近侍を前にして、私は恐怖なのか怒りなのかわからない感情に呑まれていた。私は半分八つ当たりで、ブラックコーヒーと、季節限定フラペチーノのグランデサイズを注文した。甘々ハピエン作家にはこれがお似合いだ!

対面に座る近侍を前に、私は肩をすぼめていた。緊張感でいたたまれず、淹れたてのコーヒーをすすってみるものの、熱いばかりでこれっぽっちも味がわからない。
「それで?主は俺の作品に対するご感想を述べるためにわざわざ出向いてくださったのですよね?是非ともお聞きしたいのですが。」
単刀直入に切り出され、言葉に詰まる。そうだ。私は茶坊主切っ太郎さん、もとい私のへし切長谷部に対して、作品からご本人の感性までSNS上ではとにかく褒めちぎっていた。だって最高のへしさにだったんだもの。褒めるところしか見当たらなかった。言葉に詰まっている私に、長谷部は追い打ちをかけてきた。
「『茶坊主さんのへしさにはどこを取っても最高すぎます』・・・・でしたか?詳しくお聞かせいただきたいですね。俺も今後の作品に生かしたいので。」

たしかに私は茶坊主さんの書くへしさには最高で、オタクとしての命を幾度救われたかわからない。長谷部に私の秘密の趣味がばれてしまった羞恥よりも、今後の茶坊主さんの創作活動の糧となるのであれば…と、自分の欲望が勝ってしまう。
罪を憎んで人を憎まず、いや、別に何の罪も犯してはいないのだし。事実長谷部の書くへしさには最高だし、なんなら初対面の相手でないだけ言いやすいのでは。私はこう言う時、変に思い切りが良いところがある。

「まさか長谷部が書いてるとは思わなかったけど・・・・。たしかに茶坊主さんの書くへしさには最高だよ。くっつきそうでくっつかないもどかしい二人がなんやかんやでくっつく経緯も、かわいい審神者ちゃんの描写も・・・・。」
「ははは!それは光栄ですね。しかし、もどかしい二人の描写については、主には及びませんよ。」
「は?」
「お伝えしておりませんでしたか?俺は主の作品の影響で俺はへしさにを書き始めたのですよ。」

初耳だ。確かに私も何本かへしさに小説は書いてみたものの、己の文才の無さを痛感するばかりでまったく作品と呼べるようなものは生み出せていない。それどころか、自分の長谷部ともっと親密になれたなら…という願望を詰め込んでみたはいいものの、うまくいかずに結局両片思いだったり結ばれずに終わるような中途半端なものしか書いた記憶はない。

「あなたが、あなたと俺がきちんと結ばれないようなものばかり書くから。だから俺は。」
長谷部は私の方を見ずに、口をつけていないフラペチーノをストローでぐるぐる掻き回しながら話続けた。

「あなたから頂いた言葉を、俺は一言一句覚えていますよ。最初に送ってくださったご感想を覚えていらっしゃいますか?『このへしさに最高すぎる!わたしもこれになりたい!』でしたね。」
なんという知能の低いコメントだ。そして何故、長谷部は過去の私の発言を暗唱できるんだ。私が頭を抱えていると、テーブルを挟んで対面に座っていた長谷部は立ち上がり、私の座っているソファの隣に腰掛けた。ふかふかのソファは長谷部の重みで沈み、意図せず私の体は彼の方に傾いてしまった。

「俺も、早くあなたとこうなりたい。そう思って最初の作品を書いたのです。あなたはいつまでも、俺とあなたの仲睦まじい物語を書いてくださらないから。だから俺は筆を執ったのですよ。」
長谷部はこちらを見て、私に対して話しているというのに、もう長谷部の声も自分の心臓の音も同じくらいに聞こえるし、なんなら耳鳴りまでしてきた。人間は血圧が上がると耳鳴りまでするのだな…と頭の冷静な部分が見当違いなことを考えていて、会話の内容に集中できない。
「俺の書く物語は理想的な結末でしたでしょう?俺は、俺だけが、あなたの願いをかなえられるんですよ。あなたが望むのならば、どんな願いであろうとも。ねえ、主。なんでも言ってください、」
肩に長谷部の熱を感じる。

「俺と、へしさにしましょう?」


サンプルは以上です。ここまでお読みいただきありがとうございました!
これでほぼ本に収録されている作品全てですが、オマケとしてハピエン作家長谷部と出られない部屋に閉じ込められてしまう、書き下ろし「出られない!」が収録されています。お手に取っていただけると嬉しいです。

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